p.3 音楽って何だろう?
瀬川辰馬

音楽とは、こころの震えを、空気の震えに変える技術のことです。

瀬川辰馬(陶芸家)

こころというものは、直接目に見えるものではないし、手で触れることもできません。
しかしそれはたしかに在って、人間を構成している大切なひとつの部分です。
愛おしく感じたり、悲しみを感じたり、怒りを感じたり、あるいはそれらがまだらに混ざったり。
わたしたちのこころは、生きている限り、複雑に波打ちつづけます。

自分のなかで波打つこころを、誰かほかのひとと分け合いたいと思ったときに、どのような技術をわたしたち人間は持っているでしょうか。

例えば、ことばという方法をまっさきに思いつくひとがいるでしょう。
ことばは多くのひとが使うことのできる技術で、特別な道具を必要としませんし、上手に使えば少しのことばでこころの似姿をあらわすことができます。

あるいは、絵画や彫刻といった視覚芸術を方法として思いつくひともいるかもしれません。
これらの技術は、こころに物質的なかたちを与えることで、こころというものをからだを使って見て触れられるものに変えることができます。

音楽は、こころの波打ちを、音という空気の波打ちへと変換することで、他のひとたちと共有できるものにします。
それは、ことばのような簡便さは備えていないし、視覚芸術のように物質としてその場に留まりつづけることができる種類のものでもありません。
しかし、こころの波を空気の波に、つまり振動を振動によってあらわすのですから、他の技術とくらべたときに翻訳の過程で抜け落ちるものが一番すくないのもまた音楽だといえるかもしれません。

空気の震えを通じて、こころを物理的に分け合うことができる技術。それが音楽のひとつの定義ではないかとわたしは考えます。