p.2 音楽って何だろう?
アウグスティヌス

音楽とは、音を良く動かす知識である。
Musica est scientia bene modulandi.(『音楽論』より)

アウグスティヌス Augustinus 哲学者
古代ローマ時代末期のキリスト教の哲学者、聖職者。タガステ(現在のアルジェリアのスーク・アハラス)に生まれる。384年からミラノで修辞学の教師となり、同地で387年、キリスト教徒になる。391年にヒッポ(現在のアルジェリアのアンナバ)の司祭になり、396年司教となる。彼の著作としては、入信するまでの半生を綴った『告白』(397~400年、全13巻)、神学論『神の国』(5世紀初頭、全22巻)、さらに『音楽論』(387~389年、全6巻)が有名で、後世に多大な影響を与えた。

【解説:久保田慶一】
 アウグスティヌスの時代には、古代ギリシャ文化が継承され、音楽は数を扱う学問の一つと考えられていました。ピュタゴラス学派の人たちが、2つの音がよく協和するのは、それぞれの音の振動数の比が整数比であることを発見していたからです。例えば、オクターヴは1:2、完全5度は2:3というように、比が単純であればあるほど、2つの音はよく協和します。「知識」の原語はラテン語のスキエンティアscientiaで、英語のサイエンスscienceに相当します。
 彼が音楽の模範と考えていたのは、ミラノで聴いていた、グレゴリオ聖歌の起源の一つである「アンブロジオ聖歌」でした。彼は、人々が聖歌を聴いて信仰を深め、ときにその美しさに心奪われるのは、音楽がリズムによって秩序付けられているからであると考えました。つまり、流動的で目に見えない音を、人の感覚や精神に届くような形にすることが、「音をよく動かす」ということだったのです。原語ではbene modulandiで、beneは「よい」という意味です。英語のボーナスbonusの語源です。ここで問題となるのは、modulandiです。現代の英語ではmodulateで、音楽用語では「転調する」ことです。しかしアウグスティヌスはこの言葉の語源として含まれていた、「制御・統制・計量して形を作る」という意味で使っています。ここでは「動かす」という、旋律の流れに合う意味で訳されていますが、ただ「動かす」のではなく、リズムのように、音は規則正しく配置されていなくてはなりませんでした。この定義を英語訳する際に、「計量」を意味するmeasurementという語を充てる場合もあります。そうすると、スキエンティア=サイエンスという言葉とも、一致します。
 アウグスティヌスは「リズム」と「数」を同義語として使っていることも、忘れてはなりません。つまり、彼にとって音楽というのは、確かに心を動かす技能artであったのですが、同時に、数や計量といった、数的な学問scientiaとして存在していたわけです。