p.11 魔法みたいに

「りんりんふぇす」について

寺尾紗穂

「りんりんふぇす」は、2010年から始まった音楽フェスで、2020年に開催10回目を迎えました。2003年、大学生だった私は、東京都台東区山谷にある玉姫公園で行われた夏祭りに行きました。山谷で行われる炊き出しのボランティアに関わっていた先輩に誘われたのです。山谷は、日雇い労働者の集まる街でした(大阪では釜ヶ崎が同じような街です)。戦後次々に建てられていったビルなどの建築に携わった土木工事関係者の多くは、山谷に暮らし、山谷でその日の仕事を得て現場に向かっていました。いまや、山谷は高齢者が増え、生活保護を受ける人も多くなりました。玉姫公園は、もともと小学校があった場所ですが、その一部にホームレスの人々が暮らすようになり、普段は閉め切られた公園になっています。周辺住民には、子供はあのあたりには近づかないように、という態度をとる人もいます。台東区は、2019年秋の台風被害の際、ホームレスの人々を避難所に入れなかった問題で批判されましたが、これは役所の担当者の対応のみの問題ではなく、人々の心の中にある差別の問題でもあります。

 2003年に山谷の夏祭りに参加したとき、当時通っていた大学の校舎を建てたというおじさんに出会いました。坂本さんというその人は、もともと建設現場で働いていたけれど、現場で高所から落ちて腰を痛め、生活保護を受けて山谷に暮らしていました。生活保護と聞くと、働けるのにパチンコばかりして税金泥棒だ、といった意見を思い出す人もいるかもしれません。けれど、大多数の人々は病気や怪我によって働ける状態にありません。身寄りもなく、親族との関係が切れている人しか受給できないので、受給者はつつましく暮らしています。

 生活保護が受けられるのに、そこまでたどり着けず、路上生活を余儀なくされてしまう人もいます。最近は路上でこそ眠らないものの、ネットカフェで不安定な生活を続けるしかない貧しい若者も増えています。こうした貧困と生活や命の問題を考え、ともに音楽を楽しむ場を共有することで、人の心の中にある差別や恐怖、垣根を取り払っていきたい、そんな思いで「りんりんふぇす」を始めました。来場者には、もれなく「ビッグイシュー」という雑誌を渡します。これは路上生活やネットカフェで暮らす人々が、稼ぎを得て再び住まいを得ることを目標としたイギリス生まれの雑誌で、日本では大阪に編集部があります。450円の雑誌は、駅前などで販売員さんが売り、そのうち230円が本人の収入となります。雑誌の内容も、社会を良くするための新しいタイプの取り組みを紹介するなど、読んでいても非常に面白いので、皆さんもどこかで見かけたら購入してみてもらえたらと思います。

 人間は弱く、ときには道を誤ります。また、想像を超える不運や試練に見舞われる人もいます。路上で生活している人は怠惰で働くつもりがない、ろくでもない奴だ、そんな風に考えている人もいますが、実際は違います。路上には、働きたいという意思があってもかなわない人や、軽度の知的障害がある人が多くいるのです。人生につまずいたときに、やり直しができることは本当に大切です。それは困っている誰かの命綱であり、この先いつ転ぶかも分からない私たち自身のための杖であるのです。ビッグイシューのような仕組みはまだまだ十分ではありません。セーフティーネットを社会に少しずつ増やしていく。若い皆さんにはそんなイメージをもって社会に出て行ってもらえたらと思っています。

「りんりんふぇす」の様子(1)
「りんりんふぇす」の様子(2)